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客員ファカルティーにインタビュー! 第14回 

ウプサラ大学 奥山 陽子(おくやま・ようこ)先生にお話を伺いました!  

                                                   

  "It's not about what you should do, but it's about what you want to do"

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ウプサラ大学経済学部の奥山陽子先生は、2021年12月から翌年2月末までの3か月間CEIの特任准教授として経済研究所に滞在されました。先生は労働経済学・政治経済学の専門家としてジェンダー格差に関する実証研究に取り組んでおられます。ジェンダー平等の進んでいるスウェーデンで感じたこと、世界を活躍の場として選んだ女性研究者として後輩の女性たちに伝えたいことなどを、CEIを去られる前にインタビューさせていただきました。 

 研究者の道に入るまで

Q: どのような子供時代を過ごされましたか。子供時代に、研究者の道を目指すきっかけとなったような経験はありますか?

この道を進むことになった契機は多分2つくらいあるのですが、ひとつは私の父が転勤族だったことです。父についていくため、私も大阪で生まれてから、横浜と東京と仙台の間で何度か引っ越しをしました。そうやって転校を何度もしたことが自分の物の考え方などに影響したのかな、と思います。新しいもの・場所に対する好奇心が養われたのではないでしょうか。また、これは面白いのですが、父の転勤のタイミングは必ず夏だったんです。だから、必ず学年の途中で引っ越すんですよね。せっかく仲良くなった友達と離れて、次の学校に行くとみんながすでに仲良くてちょっと入りづらい、というのを繰り返すというのが当時は嫌でしたね。ただ気が付いたら、「既に仲良くなっている人たちを、最初ちょっと離れたところから観察する」という態度が身につきました。これは、経済学研究にも通じるところがあると思うのですよね。というのも、経済学や社会科学全般は、人の社会を観察して、その社会がどういう力で動いているのかを研究する分野なので。「まずは観察する」というくせが小さい頃からあったのかな、と思います。あとは、引っ越しを繰り返すと、社会によってちょっとずつ人の行動が違うと実感するので、そうした気づきも、少し今の私に通じるのかな、と思っています。

Q:  気づきとは、どのような基準で地域の人々が行動を判断するか、とかでしょうか?

そうですね。あとは、その集団やコミュニティの中で大切にされているものや、良いとされているものが違うとか...でしょうか。

 Q: そのような訓練がされていってスムーズに適応できていったということでしょうか。

うまかったかどうかは分からないです。小さいころは凄くシャイでおとなしいと言われていて。でもそれはじーっと観察しているからであって、大人から見ればシャイでおとなしくも見えるのかな、と思っていました。

Q: 何歳頃までお父様に付いて転勤されていたのですか?

小学校が終わるくらいまではそうで、中学からは神奈川に落ち着きました。

Q: 小学生の時から観察の目が育つというのはさすがですね。

いえいえ。小さい頃は「なぜ引っ越さないといけないの?」と父に文句ばかり言っていましたね。

Q: シャイとは言われながら、結構周りとは馴染みやすいお子さんでしたか?・・・

そうですかね...。小さいころそういう育ち方をしたから、今でも違う国に引っ越すということにあまり抵抗がないのかもしれないです。

Q: 転校されたのは国内だけなのですか?

はい、そうです。海外には大学生になるまで行ったことがなくて。英語も全然しゃべれなかったですし。

Q: 研究の道に進もうと思われたのはいつ頃でしょうか。

直接的な理由と間接的な理由がありますね。直接的な理由は大学に入って就活しているときに東日本大震災があって、就活が一時凍結になり、その間に大学のゼミの先生のリサーチアシスタントをやって、データを整理したりするお仕事をするうちに、それが面白かったので、就活をやめて大学院に行きました。 これもなにかの御縁だな、と思うのですが。

 間接的な理由は、大学入学以前にさかのぼります。私の通っていた中高に「新聞部」という部活がありまして、それがとても楽しかったのです。その名の通り学校新聞を発行する部活なのですが、顧問の先生が元新聞記者で文章の指導などを受けました。あと、印刷を地元の新聞社に頼んでいて、みんなで校正をしたりする事が面白くて。引退前には編集長もやらせてもらいました。中高校生ながらにちょっと時事問題についてとりあげてみたり、それと私たちの繋がりを論じてみたり、卒業生(女子校でした)で職業を持っている女性にインタビューして連載記事にしたり、ということをしていましたね。こういった経験を通じて自分も職業を持ってみたいと思うようになったのと、社会について何か書くということが好きだと気が付いたんですね。当時はこの気づきを自分の将来の職業に結びつけようとまでは思っていなかったのですが、研究の道に来てみて、結局今もやっていることは高校時代から一緒だな、と思っています。

Q: インタビューをした卒業生の中で、感銘を受けた方またはお話はありますか?

具体的には思い出せないのですが、どんなお仕事にしても「この仕事をしているのがとても好き」とお話しになる、その姿そのものが素敵だな、と感じていました。

 Q: そういうことが素敵だったから最初は就職しようと思われたわけですね。最初はどのようなところに就職を希望されていたのですか?

銀行やシンクタンクだったでしょうか。仕事内容についてはあまりこだわっていませんでしたが、一生続けれられる何かが欲しいとは思っていました。まずは色々とやってみようと思った中のひとつに就活がありました。

 アメリカへ、そしてスウェーデンへ

Q: アメリカに留学しようと思われたのは?

留学しようと思ったのは東大大学院経済学研究科の修士課程に入ってからです。修士にいたころにはすでに研究者になるために博士まで取りたいと思っていました。先ほどの引っ越しの話に戻るのですが、社会を研究するためには一度日本を離れて色々なところに行った方がいいかな、という好奇心で留学したいと思ったのが一つ。それから当時の私の限られた知識では、アメリカが経済学研究の最先端であると思っていたので、機会があったらぜひ行ってみたいなと。これも好奇心ですね。あともう一つ今思い返せば、当時東大には女性の常勤の経済学者が一人もいらっしゃらなかったことも影響していたかもしれません。自分のキャリアを考える上でロールモデルになる方を探したいという思いも、海外留学を後押ししたのではないでしょうか。

 現在の一橋大学の経済学部・経済研究所には女性の先生も多くいらっしゃいますよね。母校東大の経済学部の方も、増えてきているそうですが、いまだに学内一女性比率がない学部だそうです。経済学部学生に占めるの女性比率の方は、私の在籍当時で17%です。でもこちらは東大全体の平均とほぼ変わらないと思います。今も昔も全学平均で20%程度ですから。

Q: イエールはどうして決められたのですか。

当時は応用計量経済の研究に傾倒していたのですが、この分野で一番進んでいる大学の一つがイエールだったのです。が、イェールに行ってから、ジェンダーをテーマにした研究へと方向を変えました。

Q: イエールの女性のパーセンテージはどうだったのですか。  P1070324.jpg 

それが、とても良いご質問で...、イエール大学院の経済学部博士課程の女性比率は実はあまり高くなかったのです。ふたを開けたら2割とか25分の間で。全米平均も3割ほどですね。行ってみてアメリカの現状を知り、更に世界中で経済学は女性が少ないということを知りました。

Q: スウェーデンでもそうだったのですか。

スウェーデンでは経済学者に占める女性の比率は約4割ですが、やはり職階が上がるごとに減っていきます。女性比率が低い、というのは日本だけの問題ではないのですね。留学すると日本の問題だと思っていたことが実は全然日本だけの問題ではなかったということが分かるのはいいことですよね。

 私がイェールに行った2014年あたりからでしょうか、アメリカの経済学会の中でも女性を増やさなければならないという雰囲気が強くなってきました。日本でも同様に動き出している方はいらっしゃると思いますが。日本とアメリカの経済学部の違いは、アメリカでは学部の段階では男女比が半々ですが、大学院、教員、と進むにつれ女性は凄く減っていってしまうのです。なぜ途中でこぼれていってしまうのか、というのが課題です。日本の場合はもともと東大を筆頭に、先ず経済学を学ぶ女性がまだまだ少ないので、そのすそ野をどうやって広げていくか、どうやったら経済学部に女性を呼び込めるのかということが課題として挙げられるのではないでしょうか。ですから、女性比率の低さ、という共通項が表層にありながら、根っこにある課題は、日本と欧米で少し異なるのではないかと思います。

Q: 高校生の段階で女子にとっては、自分の進路として経済学を考えるような情報が少ないということもあるのではないですか。

それもあるかもしれないですね。私も高校生の頃は、経済学という言葉さえもよく知らなくて。あと、経済学部に行くときは入試で数学が必要となる場合があるから、それを理由に避ける人もいると聞いています。とくに私立大学の経済学部を受験する場合、数学が必要な大学と必要でない大学があり、私もまさに「女子は数学が苦手なのだから数学が無い方を受験するように、それでないと男子に負けてしまうから」と言われたことがあります。私自身は数学に(絶対優位はなかったかもしれませんが)比較優位があったので、そのアドバイスには従わないことにしたのですが...。そのような、ささいだけれども高校生としては気になるような大人からのアドバイスがあったりしますね。私個人としては、数学が出来る、出来ない、は個人差の方が大きく、男女はあまり関係ないのではないかと思うのです。最初から女性は数学が苦手という考え方を押し付けてしまうのは罪深いです。アドバイスされるご本人は、現役で合格してほしいからという一心なのかもしれませんが...バイアスのかかった親切が逆に道を閉ざすということになっていないか?と思います。

Q: 先生からのそういうアドバイスは重いですよね。

そうですよね。大人に言われると、そういうものか、と思って内面化してしまうこともありますよね。私も、そういうことって研究の世界に入るまで客観化できていなかったんです。経済学の研究の中にも、そういう大人からのメッセージを受けている子供と受けていない子供を比較した研究、というものがあるのです。これは海外の研究なのですが、ジェンダーバイアスのある先生のもとで教わった学生は、その後数学の勉強を続けにくいと。それが将来の進路とか収入にも影響するという研究があって、それを見た時に自分の経験と世の中で観察されていることとは繋がっている、と思いました。

Q: 海外の学校でも先生はそのようなアドバイスをしがちだということですか。そしてそれはどこの国の研究ですか。

そうなんですね。これも日本だけの現象ではなくて結構世界中であるみたいですね。これはイタリアを対象にした実証研究でした[i]。余談ですが、イタリアと日本は似ていることが多いと言われますね。イタリアでも男の子のほうが数学が強いとか、強くあるべきだ、という考え方があるみたいです。([i] Michela Carlana, Implicit Stereotypes: Evidence from Teachers' Gender Bias, The Quarterly Journal of Economics, Volume 134, Issue 3, August 2019, Pages 1163-1224, https://doi.org/10.1093/qje/qjz008)

Q: アメリカからスウェーデンに移られるきっかけは何かありましたか。

理由はいろいろありましたが、なによりもやはり住んでみたいという好奇心がありました。北米の博士課程を卒業すると、新卒一括就活をするので一斉に色々なところに応募するのですが、スウェーデンには知り合いの研究者がいたこともあって、いいかなと思い応募しました。ご縁があり、私の研究に興味を持ってくれた大学に就職しました。

Q: 新卒一括就職で海外に残るということは決めていらっしゃったのですか。

そうですね。もう少し外にいて研鑽を積みたいという気持ちがありました。アメリカに残ってもよかったのですが、ヨーロッパにもとても興味があって。日本にいると"欧米"と言ってしまうのですが、アメリカに6年住んで、欧と米は違う、ということがわかってきました。また、ジェンダー格差の研究をしていると、かなりヨーロッパ、その中でも北欧が飛びぬけて進んでいるのでぜひそこに自分自身が入って行ってみたい、という思いがありました。

 ジェンダー格差をテーマにした経済研究

 Q: 少し戻りますが、ジェンダーについて研究なさろうと思われたのはアメリカでですね。どうしてこの研究を選ばれたのですか。

私がイエール大学の博士課程に進学したとき、日本人女性ということで珍しがられました。「日本ではどうもジェンダー平等が進んでいないらしい」というイメージを持っている人は多く、その理由を本当に色々な人に聞かれました。なぜ、と言われても...と思い、それでは私が研究する、と決めたということです。実はもともとは計量経済学の手法とかに興味があったのですが、そうした手法を使って、まだ答えられていない問いに答えてみたいという方に興味が移ったということです。ジェンダー格差という問題意識は、自分の中にも昔からモヤッとはあったと思うのですが。日本の中にいるとまあそういうものかな、と思っていた事柄が、日本の外に出ることで分析対象になったのですね。

P1070327 (2).JPGQ: 基本的な質問でごめんなさい。ジェンダー研究は主にどの分野で研究されているのですか。

社会学、政治学、心理学など幅広いですが、それらに比べると経済学におけるジェンダー格差の研究はまだ少ないですね。そのせいか、経済学がジェンダーという切り口からも研究をしていることもあまり知られていないかもしれません。

経済学が問いかけるのは、女性はこうすべき、男性はああすべき、という性別による縛りが「適材不適所」を生んでいるのではないか、ということです。適材不適所では、社会の潜在力が達成されません。そういった意味では、ジェンダー格差を切り口に「有効な資源配分ができていない市場や制度」の構造をあきらかにしたり、何がその構造を変えるのかを追究したりするのが、「ジェンダー格差の経済学だ」と言えますね。

 

Q: ジェンダーの研究が進んでいるスウェーデンにいらっしゃって、そこに身を置いている利点などは感じられますか。

スウェーデンで研究している利点は二つあります。一つ目は、スウェーデンの場合、行政データなどの質の高いデータが、研究者に開かれていることです。質の高い実証研究や、データに基づく議論がしやすい環境にあります。

二つ目は、スウェーデンの人が当たり前と思っていることが、日本で生まれ育ちアメリカで博士号をとった私にとっては全く当たり前でなく、スウェーデンにくる以前に培った問題意識をスウェーデンで研究できるということです。たとえば、世の中でよく引用されるジェンダーギャップ指数ですが、日本は今年の段階で120位と下の方にいますね。逆に、スウェーデンは5位です。この指標の作り方には批判ももちろんあるのですが、ここでは深く立ち入らないとして...。偶然ですけれども、私はこれまでの人生で、日本、アメリカ、スウェーデンと、ジェンダーギャップランキングの下から上へと移住してきたのですよね。そして、つくづく女性であるということの社会的意味が社会によって変化することを感じています。ジェンダーの問題は社会の問題なのだ、私個人の問題ではなく社会の構造の問題なのだ、ということが身に染みて分かってきたのが、個人的にもすごく面白いですし、研究の原動力にもなっています。

Q: 間にアメリカでの気づきもあるわけですよね。

そうですね。ジェンダー格差に関しては、アメリカって思ったより日本に似ているところがあるかなと思いましたね。

Q: アメリカって結構マッチョな国ですよね。小さい時から僕は男だから、女の子は守らなければならないものだ、みたいなことが染みついているような気がしました。日本は意外に子供時代、学生時代はそれほど男の子男の子していないような気がするのですが。会社員になると突然、男の人は女性の上に立ち始める、というか。最近は変わってきているかもしれませんが、一ランク下に女性をおいて見る風潮があるような。また女性の意識も近年変わってきている気もしますが、女性は結婚、育児で人生のあるフェーズが変わることが予測できる、そこをどう乗り越えていくか、ということもありますよね。

そうですよね、アメリカでは(というと主語が大きすぎるかもしれませんが)男の子は泣いちゃいけない、とか、あと特に男性が筋トレに熱心なのも、どこかジェンダーステレオタイプとの関係もありそうです。

そこを見るとスウェーデンは少し様子が違っていて。ジェンダー平等というのか、男性も女性も関係なく、というような政策を190年代後半から積極的に進めていて、私たちの世代ははもう二世代目なんです。卑近な例ですが、こちらでは男性同僚も育休を当たり前のように取ることに、私自身非常に驚いています。

Q: 日本では、男女雇用機会均等法が1985年に成立ですから。20年、30年遅れているということですね。でもスウェーデンでは随分歴史があるとはいえ、大学の教員の女性比率においては分野によってはゆっくりと伸びている、ということでしょうか。 

そうなんです。ジェンダーパラドックスなどといわれることもありますね。、ジェンダー指数などではかった男女平等度が高い国ほど、STEM分野の女性の比率が低いという相関のことです。その理由や解釈については学術的にもまだまだ議論の余地がありますが。

 スウェーデンでの研究生活

Q:  他の北欧の国に比べてもやはりスウェーデンは進んでいるのでしょうか。また、フランスなどの他のヨーロッパの国はどうなのでしょうか。

日本語では「北欧」とまとめて書いてしまうのですが、住んでみるとスウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランドとアイスランドも入れた北欧5か国、は全然違っていて、たとえばジェンダーの政策で言ってもクオーター制一つとっても、スウェーデンでは法律で義務化することが無いのです。政党が自主的に決めてそれが広まっていくという歴史があります。この間やっと女性の首相が生まれましたが。他国に比べるととても遅かったのです。逆にノルウェーやアイスランドなどは意識的にクオーターを入れていくということをやっていますね。どちらのやり方でもジェンダーの指数は高いので、一つの事を達成するのに色々なアプローチの仕方があるのだ、ということを学べるというのが面白いです。日本人としては凄くスウェーデンのアプローチに興味があります。日本も、あまり義務化ということが好きでないと思うのです。今回のロックダウンもまん防も、基本的には「自粛のお願い」という面が大きいですよね。お願いベースの社会という意味で、スウェーデンと日本はどこか似ていると感じていて、そういう意味でも日本人である私にとって、スウェーデンの事を学ぶというのは結構いいかもしれないと思っています。

ただ私のような考え方はどちらかというと少数派かもしれませんね。今の日本ではパリテというフランスの制度を入れようとしている方が多いでしょうか。フランスなどは数で決めていこうという国で、それはそれでそういうやり方もあるとは思うのですが、それをどこまで日本の文化で真似できるのかということはまだちょっとわからないと思うのです。ということで日本人としては凄くスウェーデンは興味深い場所に思います。ジェンダー格差を研究するのには個人的にはいい環境だと思っています。

Q: 今後のご研究、あるいはそれ以外でやってみたいこと続けていきたいこととかおありですか。

当面は日本の研究もですが、スウェーデンのジェンダー格差をテーマとした研究もしていきたいと思っています。スウェーデンで過去に行われた政策を掘り起こして研究するということもやって、両国のことをデータに基づいて語れる研究者になりたいと思っています。後、先ずはもう少し自分の研究者としての研鑽を積むということでしょうか。

Q: まだまだ学ぶところは一杯あるので当分スウェーデンにいらっしゃるということでしょうか。

そうですね!できれば。一生かどうかは分からないですけれど...自分の両親が日本にいるので。

 忘れられない出会いと言葉

 Q: 忘れられない出会い、奥山先生に影響を及ぼした方とか言葉とか、ありますか。

言葉はあります!でも先ず人にしますね。人はイエールの指導教官 Ebonya Washington先生でしょうか。非常に尊敬しています。

Q: その方のもとに残る、という選択肢はなかったのですか。

アメリカの就活システムでは、博士課程を卒業したら、そこから出るのが通例なのですよね。もちろん研究上のつながりは持ち続けるのですが。P1070325 (3).jpg
その先生は、政治経済を教えておられ、人種差別、ジェンダーの格差の研究をされている方で、私が人生で初めて教わった女性経済学者でもあります。厳しくも、学生のことを本当に応援してくれる先生だったというのが印象的でした。人種差別ということではないのですが、やはり私も渡米したばかりの時は英語があまり出来なかったこともあり、周りから相手にしてもらえないということもありました。私自身も日本人的というか、前に出られないとか発言が出来ないという、ふるまいの面でのカルチャーキャップを感じ苦労していました。そんな時、彼女はそういうギャップを超えて、対等に接してくれた人だったのです。やはりそういう人の助けがないと、若手が研究を続けるのは難しいという、いかんともしがたい思いもあります。

そういう指導教官に出会えて、運が良かったと思ってはいるのですが、でもすごく厳しい先生でもあり、ツメの甘いアイデアを出すとすぐ、NO!と(笑)。それでも、彼女が本当に心の底から話を聞いたうえで言ってくれている、ということが分かるので、すぐに軌道修正をすることができるのです。そういう人との接し方ができる研究者はそう沢山はいないかな、と思い、とても尊敬しています。

Q: そのような素晴らしい先生に巡り合えるとよいのですが、なかなかむずかしいとおもいます。奥山先生から海外に行く方へのアドバイスはありますか。

人にアドバイスするというのはどうも畏れ多いのですが...原因が言語なら、やはり一番の敵は自分ですね。言語に自信がない、完璧にしゃべりたいという気持ちが強すぎるとうまくいかないことが多いので、場数を踏むということが重要だということは学びましたね。

あと、私自身は留学するまで、自分が持っていない物を求める、ということに不慣れでした。むしろそういうことはわがままなのではないかと思って、これが欲しい、これがやりたいということをあまり人に言わないというのが身についてしまっていました。逆にアメリカもスウェーデンも、私がみる限り、自分からどんどんしたいことを言ったり、これをやりたいと自分から求めていく人が多いのです。例えば、最近も、私のもとに自分のメンターになってくださいとか、教えてくださいなど、学生さんからかなり積極的なアプローチがあります。そういうことに触れて、ふと自省することがありますね。

 最近、北欧のWomen in Economicsの会で知り合った人にアドバイスされたことがあります。「迷惑をかけられなくて感謝してくれる人はいない」と言われたのです。迷惑かもしれないから話しかけるのを控えようかな、と思ってもそんなこと考えてくれている、なんて誰も気づいてくれないし、だから感謝もされない、結局あなたは損をしているだけよ。だからお願いすればいいじゃない。最悪何が起こるといっても Noって言われるだけだからそこを遠慮したら駄目よ、と言われて、はっと腑に落ちました。

Q: それは奥山先生が日本人だからそのようなアドバイスをくださったのですか。

彼女は女性にはそのような傾向がある、とおっしゃっていました。その方はデンマークで働いているドイツ人なのですが、なるほど、と思いました。人にアプローチすることを迷惑だと女性は思いがちなのでしょうか。

あともう一つ、これは別のイエールでお世話になっていた先生に言われたことです。私がすごくおとなしい、と心配していた先生で、とにかくわからなかったら何でも聞いて、反論したかったら反論して、と言われたのです。それで、そうしなければいけませんね、と答えたところ、さらに、君は「すべきか、すべきじゃないか」という考え方をし過ぎる、「何をしたいか、したくないか」で考えるべきなのではないか(" It's not about what you should do, but it's about what you want to do")と言われて、それには、はっとさせられました。

Q: どうしたいか、先ずは自分の気持ちを優先してもいい、ということですよね。

気持ち、というか自分自身の内側にある「ニーズ」とでもいいましょうか。それを満たすために、どう行動するのがいいのか、何を他人に求めていくのがいいのか、考え選び取っていく。もちろん、その過程で他者のことをおもんばかるということはあるわけですが。でもそもそも「自分が求めていること」が出発点なんですよね。留学するまで、私はそこが弱くて、「自分が求めていること」と、「社会が自分に求めていること」がごちゃまぜになっていたのではないかと。

Q: shouldというときにすでに人の目を気にしている、すでに受け身になっている、wantの時には人の目はもうない、という感じがしますね。

そうですよね。それこそ、話は戻ると、女性だから何々をすべき・すべきでない、これは女性らしくない、などという考え方をも、私は育っていく中でスポンジのように吸い込んで自分の血と肉にしていたところがあったと思うのです。渡米して図らずも、そこを一回見つめなおすことになったんですね。これ実は、アメリカに留学している別の方ともお話したことがあって、その方は「一瞬、自分が崩れるような感じがする」とおっしゃっていて、とても共感しました。自分が今まで良しとしてきたこと、こうすべきだと思いこんできたことを、正面から真剣に問い直していくと、一瞬どうしていいかわからなくなる・アイデンティティが揺さぶられるという瞬間が、訪れることがあるんですよね。

Q: 逆に自分で作り上げていかなければいけない、という厳しさも感じますね。でもwant もただ好きなことをやっているだけではだめだし、イエールの先生のおっしゃったことは凄く深みがありますね。

そうですね。正直、小さい時からそういう訓練を受けていないと戸惑うとも思いました。「すべき」に縛られた社会は窮屈に感じられることもありますが、逆に「いちいち考えなくてもよい」社会であるかもしれないですね。

Q: 先ほど仰っていた忘れられない言葉をお願い致します。

「いま曲がり角にきたのよ。曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの」です。母が留学する際に、新しいことにしり込みしがちな私に送ってくれた、L.M. モンゴメリ著『赤毛のアン』(村岡花子訳)からの引用ですね。

Q: 素敵なお母様ですね。赤毛のアンは先生の愛読書でもあったのですか。

私は『大草原の小さな家』が愛読書でした。アメリカってああいうところかと思ってました ()

 これから研究者を目指す人へ

Q: これから研究の道に進もうと考えている若手研究者に海外へ出ることの意義を教えて頂けますか?

まずなにより視野が広がります。普段当たり前と思っていることが当たり前でない。逆に「これは日本の特有の問題だ。これだから日本は...」などと言いがちな事柄が、実は多くの国の共通課題だった、ということもあります。自分が普段言っていること、考えていることを一回相対化する、客観視するためのひとつのやり方として、海外に出ることの意義があるかなと思います。ですので、チャンスがあれば、短期でも長期でもおすすめしたいです。また、海外に出るということは、その社会にとっての「よそ者」になることです。、ちょっと居心地は悪いかもしれませんが、その経験から見えてくる事は大きいかもしれないですね。社会の闇にも、良いところにも気づけるようになるというか。そういうことも海外に出ることの利点かもしれないですね。

 Q: 海外に出ること以外にこれから研究者の道を歩もうとしていらっしゃる方々にお伝えになりたいこととかありますか。

一つ宣伝なのですが、あまりにも経済学に進もうとする女性の方が少ないので最近、スラックというオンラインでつながるグループのようなものを使用した日本人の若手女性研究者で集まる「経済学PhDカフェβ版」というグループを作りました。興味のある方はご連絡をいただけると、若手の女性研究者が集まっているグループですので気軽に質問などができます。目的は孤立しないこと、何か聞きたいときにすぐそばに質問できる人がいる、という場を作ることです。特に留学をすると各学校に日本人の女性は一人くらいしかいないのでどうしても孤立しやすいのです。これをどうやって防ぐことができるかと考えて立ち上げたグループです。現在は女性とnon-binaryな人限定となっていますが将来的に男性も入れるかは考慮中です。ジェンダーの問題を考えるというよりは現状は自分の身近な悩みを相談するという場となっています。子育ての話、就活の悩み、ライフプランなどを話し合う場で、対面ではなかなか会えないですがon-lineですと気軽につながれますので。このような場もありますので、あまり深刻に考えずに研究が面白いと思った方は続けていかれるようになれたらいいな、と思っています。                 (*インタービュー最後に連絡先を記載しています。)

 Q: このグループは日本人限定ですか。海外にもこのようなグループはあるのでしょうか。

このグループは日本語でやっているグループということになります。国籍や所属大学は問いません。もともと私も含めて何人かの日本人女性がアメリカで"Women in Economics"という活動をしていて、自分たちのキャリアを築く上で助けになる活動だと実感していて。同じようなことが日本語でも出来たらいいな、という発想から作った会です。

 Q: それでは海外現地のそういう会にも入会し、先生のグループにも入るといい、ということですね。現地の会に入るのには何か制約とかあるのでしょうか。

はい、現地の会と私共の会に参加していただけたらと思います。 

現地の会の情報自体は経済学を専攻していなくても大概だれでも見ることができます。特に米国経済学会がやっているCSWEPという歴史ある組織だったグループではニュースレターを出していて誰でも購読できるようになっています。ただその会がやっている活動などに参加するためには学会員になる必要があります。学部生でもこれから研究者の道を歩むべきか迷っている方などものぞいてみるといいかもしれませんね。英語の勉強のためにはWomen in Economics Pod-castというのもあります。米国連銀FRBのセントルイス支部が運営している番組なのですが、いろいろな経済学者、経済学博士号を取って働いている人たちなどにインタビューしている番組です。ヨーロッパバージョンもオーストラリアバージョンもあります。こういう研究者になりたい、というイメージを持つためにもいいと思います。

Q: でも本当に色々な活動をなさっているのですね!

いえいえ、一緒にやってくれる仲間がいるからこそです。

Q: やはり、アメリカなどでは皆が手伝ってあげようという気持ちが強いということですか。

そうですね。そこは少し日本と違うのでしょうか。私自身の北米生活の中では、「自分が経験したしんどさは次世代には経験させたくない」と手を差し伸べてくださる方が多いように思いましたね。日本はと言うと...私自身は東大の学生だった当時、そもそも女性の教授がまわりにいらっしゃらなかったので、比較にもなりませんが...アメリカで出会った日本人研究者仲間からはしばしば「日本では、私がこんなに苦労したのだからあなたも苦労すべきと言われた」と嘆く声を耳にしましたね。そうだとすると、若手にとっては厳しい環境だと思います。

Q: 日本のような年功序列の厳しい社会では、我慢して待てば報われるというような考え方がまだまだ強いのかもしれませんね。なかなかひっくり返すのが難しいような。

なるほど。あと今は日本は過渡期で色々な状況がまぜこぜなのかもしれませんね。

 Q: 海外では例えば、先輩風を吹かす、というようなことはしないのですか。

アメリカは広いので...。でもスウェーデンでは意識的にそういうことをやめたという歴史があります。60年代に年配者に対する敬称、例えば何々先生とかいうような言い方をすべてやめて、全員ファーストネームで呼ぼうという改革が先ず大企業で始まり、それがすごく大きい運動のうねりとなりました。それ以来、言葉の上では誰しもがフラットな関係になったという歴史的経緯があります。勿論それでも年長者に対する敬意というものはあるのですが。

Q: 日本語には敬語がありますものね。そういうことは意識的に行ったということですね。

そうですね。意識的にやらないと変わらないですね。

Q: そういうことは先生の研究なさっている政治経済分野でのクオーター制とかにもつながりますね。また、先生は1946年の国政選挙で女性が大躍進した陰にはラジオ番組の力があったのではないかと書かれていますね。そしてその番組のプロデューサーは女性で演出は主に20代の女性たちが担当したと。

そうなんですよね。社会のためには実際の当事者である若い人たちが同世代の人からの等身大の意見を聞くということも必要かもしれないですね。同世代の声は響きますね。そういえば経済学者だと最近、成田悠輔さんが YouTubeやテレビ番組でとても人気でいらっしゃるようですよね。

Q: 成田先生は先生の前にインタビューさせていただいて、奥山先生の前任でした!

一橋は研究者を集める力がすごいですね。若い世代の研究者もたくさん在籍されているし、ビジットされている方も多いですし。(笑)

Q: それではぜひインタビュー最後に、参考となるサイトを掲載させてください。

はい、ぜひ! 

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奥山先生、長い時間お付き合いいただきありがとうございました。
海外で研究者としての道を切り開きながら多くの気づきを得た奥山先生のお話は、日本のみならず世界の女性問題とも絡みあいとても興味深いものでした。奥山先生、これからもご自身の研究のみならず、後を続く日本の女性研究者への良きアドバイザーとしてのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

インタビューアー: CEI 狩野倫江・吉田恵理子 (2022年2月16日収録)

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☆奥山先生から経済学者の道に進もうとしている女性の方へ☆

PhDカフェβ版(スラックグループ)

宣伝

https://twitter.com/yoko_okuyama_jp/status/1434234136085123073?s=20&t=nfG9U3b1e5F1t2WsR5OsIA

参加フォーム

https://docs.google.com/forms/d/e/

1FAIpQ:LScVPsPiZn5OCDoLta5CA845prYvzNczYeZXWWEI0XgE2NpiFw/viewform

≪奥山先生からのお勧めのサイト≫

米国

- CSWEP(ニュースレターやメンタープログラムのお知らせなど) https://www.aeaweb.org/about-aea/committees/cswep/newsletters

- Women in Economics podcast https://www.stlouisfed.org/timely-topics/women-in-economics

ヨーロッパ

-  Women in European Economics(データ集) https://www.women-economics.com/index.html

- EEA (欧州経済学会) Women in Economics https://www.eeassoc.org/committees/wine

CEPR (英国の経済政策研究センター) WE_ARE Women in Economics セミナーシリーズ) https://cepr.org/event/weare-seminar-series

- Nordic (北欧) Women in Economics (イベントのお知らせなどhttps://www.nhh.no/en/research-centres/women/

 オーストラリア

- 豪経済学会 Women in Economics https://esawen.org.au/ 

-こちらが主催しているGender Economics Workshop(ジェンダートピックの研究をしている人向けのカンファレンス。もちろん男性にも開かれています)は、日本からも参加しやすいです(私も、一橋滞在中にオンライン参加しました)https://esawen.org.au/content/858/australian-gender-economics-workshop