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客員ファカルティーにインタビュー! 第3回 

ハワイ大学マノア校 樽井礼(たるい・のり)先生にお話を伺いました!

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経済制度研究センター(CEI)では、海外の第一線で活躍される研究者の皆様を招聘し、ワーキングペーパーを執筆したり、セミナーを開催していただくなど、さまざまな研究活動を通じて、学術的な国際交流を深めています。この度、ハワイ大学マノア校にてアソシエート・プロフェッサーとして環境経済学を研究されている樽井礼(たるい・のり)先生を、2014年6月まで客員研究員としてお呼びし、環境政策と経済効果の関連性や、省エネルギー、再生可能エネルギー利用の促進など、幅広い分野において、最新の研究成果を日々お伝えいただきました。在任期間中、樽井先生にご協力いただき、世界を舞台に活躍されているご自身の研究者としての生き方について伺うことができました。
 

研究者までの道のり

Q:どのような子供時代を過ごされたのでしょうか。
 
樽井:東京出身ですが、5歳の頃から倫理学の研究者である父の仕事の関係で、当時の西ドイツに3年間ほど住みました。現地校に通っていました。小学生のころはあまりスポーツはしなかったのですが、中学より慶應に通いはじめてから、サッカーを始めました。サッカーの選手になることを夢見ていましたが、もっと上手な同級生の影響もあって、球技はむいていないかも、と思うようになり、その後、高校から柔道を始めました。そのころから、ぼんやりと環境問題に興味をいだくようになりました。ある時慶應義塾大学の学部紹介のパンフレットをみて、環境経済学という学問の分野があることを知りました。その後ゼミで指導していただくことになる細田衛士先生によるものだったのですが、これがきっかけとなり経済学部に進みました。
 
Q:「礼」と書いて、「のり」と読むお名前は、どなたがつけられたのでしょうか。
 
樽井:両親が相談して決めたようなのですが、漢字は儒教の影響であるようです。当時は、NHKで里見八犬伝が放送されており、物語に登場する 「仁義礼智忠信考悌」の八文字のひとつから礼節のある・礼を尽くす人であれ、ということでつけたそうです。
 
Q:研究者になろうと思ったのは、いつごろですか。
 
樽井:ミネソタの大学院に入ってからです。それまでは、漠然と国際機関などで国際公務員として働くことに憧れを持っていたのですが、 博士課程の講義や研究を通じ、大学で研究者として働くことに魅力を覚えました。やはり自分が興味をもっていることについて研究をし、教育に携われることが最大の魅力です。
 
Q:慶應義塾大学時代には、どのように過ごしていたのでしょうか。
 
樽井:同好会で柔道をやったり、3、4年のころはゼミの活動に関わったりして、わりとのんびり過ごしていたと思います。恩師となるゼミでの指導教員、細田衛士先生との出会いもありました。
 
Q:ウィスコンシン大学マディソン校へ交換留学生として初めて行ったときには、何を勉強されたのですか。
 
樽井:私が大学に進学したころは、まだ環境経済学が専門科目として開講されていなかったこともあり、それが授業として学べる同校への交換留学を出願しました。3年生の途中からでしたが、現地では、環境経済学をはじめ、いくつかの経済学の授業を履修しました。経済学の授業はなんとかついていったのですが、他の分野の授業、政治学に近い国際関係学のような授業やビジネススクールの授業は読書量が多く、グループプロジェクトもあって、大変でした。
 
Q:大学卒業後、ミネソタ大学で農業経済学を専攻されたのは、どのようなきっかけからですか。
 
樽井:修士課程まで慶應にいて、そのあと、やはりこの分野で研究を続けるには、アメリカの大学に留学したほうがよいのかなと思いました。環境・資源経済学が専攻できて、その分野で活躍している研究者が在籍しており、その他諸条件が一番自分にあっていたミネソタ大学を選びました。90年代当時に環境資源経済学を重点的に扱っていたのは、どこの大学でも(経済学部でなく)農業経済学部であったと記憶しています。ミネソタでは、コースワークをとったり、実際に研究を始めながら、結果として研究者になる道を選ぶことになり、ミネソタは自分にとってかけがえのない地となりました。
 
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Q:博士論文ではどのようなテーマをとりあげられたのでしょうか。
 
樽井:博士論文のテーマのひとつは天然資源利用に関わる制度の経済分析です。途上国によくみられるのですが、天然資源や、森林のような再生可能な資源が多くの村落などで共同利用されてきました。協力的な資源管理がうまくいく場合もあれば、資源のとりすぎでうまくいかない多く観察されています。協力がうまく進むような状態は理論的にどう説明できるのか、その協力、非協力の要因を模索することに焦点をおいた研究を行いました。もうひとつのテーマは環境規制が企業行動に与える影響の分析です。特に規制されている企業が汚染削減のための技術を開発するインセンティブに各種政策手段が与える影響について分析を行いました。
 
Q:その後、ポスドクとして、コロンビア大学にわたり、研究を続けられるのですが、思い出に残っているエピソードはありますか。
 
樽井:コロンビアでは、大学院時代の博士論文の研究の学会誌への投稿や、いくつか新しい研究をコロンビア大学の教授と始めたりしました。その分野で非常に有名な業績を上げているジェフリー・ヒール先生がビジネススクールにいて、一緒に共同研究をしたり、交流を深めたりでき、非常によい機会をいただきました。わりと自由に、自分の関心がある研究に専念することができ、セミナーやイベントも面白い研究がたくさんあって、非常に刺激になりました。アース・インスティテュート所長であるジェフリー・サックス教授の助手として、一緒に持続可能な発展に関する大学院の授業を担当する機会もあり、そのカリスマ性やポイントを押さえた演説能力に大変感動したのを覚えています。
 
Q:ハワイ大学には2006年から着任されておられますが、北アメリカ本土の大学との違いはありますか。
 
樽井:ハワイ大学は、おもしろいところだと思います。学部の同僚が行っている研究や研究・教育に対する態度は、本土の学部の経済学者とあまり変わらないと思います。学術研究に対する価値観も米国本土と変わらないと思います。その一方で大学自体はアジア太平洋地域の中心にあるという地理性、歴史的にアジアからも本土からも研究者が集積していた事情もあり、そのようなアジア太平洋の発展を意識した姿勢があるように思えます。日本に比較的近く観光にも適しているせいか、日本の大学の研究者の方々もよくいらっしゃいます。そのおかげで日本の先生方と交流ができていることは嬉しいです。研究に関しては厳しく熱意のある同僚に恵まれています。同じ分野で兄弟子のように慕う事のできる人物や、異分野だけれども共同研究をするにいたった同僚がいて、その点では恵まれていると思います。工学部などとの交流も盛んです。
 
Q:研究者になったころ描いていた未来と今で、違うとすれば何でしょうか。
 
樽井:コロンビアに行き始めた当時や、ハワイに移った当時は、環境経済学の分野で地球の環境保全に学術的にどんどん貢献していきたいな、と考えていたのですが、正直、もっとたくさん論文が出て、研究成果がもっとたまるとおもっていました。現実はなかなか厳しいですね。
 
Q:いままでの人生において、一番素晴らしい贈り物は何でしょうか。
 
樽井:なんでしょうねえ。妻と結婚できて、子供達にも恵まれたことでしょうか。人生の重要な節目においては、いつもサポートしてもらっています。
 

経済と環境・・研究をよりよい社会づくりへ

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Q:樽井先生が今、一番力を入れている研究課題とは何ですか。

樽井:まず、天然資源の利用に関わる制度の変化について、次に環境政策が個々の異なる企業に与える不均一的な影響を通じて産業や一国経済の生産性や厚生にどのような影響を与えるかについての分析、そして、省エネルギーや再生可能エネルギー利用を促進する政策が家計に与える影響について研究しています。天然資源の利用に関わる制度の変化についてでは、所有や利用の権利形態によって資源利用の効率性がいかにことなるかについて、たくさんの先行研究があるのですが、多くの場合、そのような所有・利用の形態は時間とともに、そして資源の希少性が変化するとともにかわっていることを示しています。もちろん利用に関する制度が発達せずオープンアクセスのままの資源も多いのですが、それらの制度の出現や変化が説明できるような理論分析について、関心をもって取り組んでいます。また、環境政策が企業に与える影響については、産業で発生する汚染の規制手段として排出税や排出量取引が着目をあびています。その分析においては、産業を均一な企業のあつまりとしてとらえることが多いのですが、実際には多くの産業で異なる生産性や規模をもった企業が混在していることが実証的に明らかになってきています。そのような企業の異質性を考慮すると、政策分析・評価がどう変わるかに関心を持っております。また、再生可能エネルギーを促進するような政策が家計に与える影響、とくに所得分配面の影響(所得や消費レベルが異なる家計の間でどのように影響が異なるのか、その影響を考慮すると、電力事業規制はどのように改善できるのか)などに関心を持っています。その分野で最近行った研究のひとつは省エネルギーに関する社会実験です。今、スマート機器、スマートメーター、また電力の「見える化」というキーワードが着目されています。各世帯で月一回の請求書だけではなく、 スマートメーターにより各世帯が毎分ごとにどれだけ電力を使っていて、どれだけ支払っているのかがわかるようにする、そうすると省エネが進むのではないか、というものです。実際に省エネが進んだ、という研究結果はあるのですが、その省エネ効果の背後にある複数の仮説を検証するための実験を行いました。そのような仮説検定は、様々なスマート技術のうちどのやり方がより効果的なのかを分析するのに役立つと思います。エネルギーに関するもう一つの研究では省エネ・再生可能エネルギー推進策の経済厚生への影響について分析しています。たとえば太陽光パネルの設置を補助するような政策は、どうしても比較的所得が高い家計がより大きな恩恵を得ることになるります。また、太陽光パネルの利用など、分散型発電が進むと、電気料金が上昇してゆくかもしれません。そうすると比較的所得が低く、太陽光パネルなどを導入できない家計へのしわ寄せが増えるかもしれない。そういった所得分配の影響というのは、実際はどれくらいのものなのか、もしあるのであれば、どういう方策が逆進性の緩和に有効的なのか、そのようなことに関心があります。

 
Q:先生が考えられている理想的な環境社会とは、どのようなものでしょうか。
 
樽井: 学者という立場からなので、少し偏見があると思うのですがやはり、いろいろな学術的貢献が、よりうまく政策に生かせられたらいいなあと思うのですよね。異なる分野ですけれども、たとえば行動経済学という分野では、人々の行動や選択のうち伝統的な経済学の理論では説明できないような部分をいかに説明するかが追求されています。その研究結果を活かした行政・政策の変更が、比較的低費用で大きな便益をもたらす事例も報告されてきています。実際にイギリスやアメリカの政府は、そのような研究に明るい学者の意見を求め、学術的にわかってきていることを本当に活かして、政策を変えたりしているんですよね。そのような試みが環境やエネルギー政策についても取り入れられていければ、 例えば省エネの促進を低費用でかつ市民の不満・負担をふやすことなく進めることができるかもしれません。
 

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Q:そうすると、日本は結構主導的な位置にあるのでしょうか。
 
樽井:そうですね、そう思いますね。リーダーシップという意味では、もともと資源制約上、環境基準とか、エネルギー効率とかは、工業製品やあるいは製造業の生産形態をみても、日本のレベルは高いと思うのですよね。アジアの中でも。そういう技術的な優位性や、あるいは技術的な改善がなされるまでに至ったノウハウや知識というのは大量に蓄積されているのだと思います。そういうものを進めてきた政府の政策のやり方とか、ノウハウも多分あると思うので、漠然とした話ではありますが、もっとうまく生かせるのではないかと考えています。また、これはぜひ、今回訪問させていただいたことを機会に、今後共引き続き取り組んでいこうと思っているのが、環境規制や汚染規制が企業に与える影響という研究の続きです。企業と一口にいっても、さまざまな生産性や規模の違う企業が産業のなかには混在していて、環境政策、汚染物質を規制するような措置をとると、その影響は企業によって異なると思います。その異なる影響を前提に考えたうえで、最終的に産業レベルあるいは国レベルにおいて、どのような経済的影響を及ぼすのか、特にその理論について研究しています。データを使って、実際に理論が言っていることは、あっているのだろうかということを検証できればと思っており、こちらの研究所にはそういうデータについて非常に明るい方がいらっしゃるので、いろいろとお話を伺っているところです。
 

一橋大学経済研究所での研究生活

Q:樽井先生と、一橋大学や経済研究所とのつながりを教えていただけますか。
 
樽井:以前、一橋大学の経済学研究科で二度ほどセミナー報告をさせていただき、研究科や研究所の先生方から貴重なコメントをたくさんいただいたことが、今でも印象に残っています。先般、ハワイ大学にて、森口先生を特別講演のために我々の学部で招聘させていただき、それがきっかけで、今回客員研究員として滞在させていただく事ができました。受け入れしてくださった黒崎先生に感謝するとともに、今後とも、研究所の皆様となにか協力できればと考えております。
 
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Q:一橋大学や経済研究所で、いいなあと思うところは何ですか。
 
樽井:セミナーの多さ、興味深い研究を第一線で行っているゲスト報告者の方の多さには感心致しました。みなさんセミナーで、とても建設的なコメントをなさるので、よい研究環境だなと感じています。キャンパスや食堂、まわりの街やレストランも非常にすばらしいですね。また、断片的にしか観察しておりませんが、一橋での先生方のくったくのない談話のようすを見ると、ハワイ大学の我々の経済学部と、とてもよく似ていると思います。また、私は、天然資源の利用に関わる制度の変化については、理論分析を主に行ってきたのですが、今回、途上国での資源利用や制度に詳しい研究所の先生方とお話しして理論の改善や理論から導かれる仮説の検定の可能性についてご助言をいただければと思っています。環境政策が企業に与える影響に関しても同様で、理論分析を通じて得られた企業や産業への環境政策の影響について、研究所の先生方には明るい方が多く、是非、日本の企業パネルデータを用いて、ともに実証分析を行えればと期待しております。そして、省エネルギーや再生可能エネルギー促進については、現在、社会実験や家計部門での電力利用データを用いた分析を行っておりますが、これにも皆様のご批判やご助言をいただければ幸いです。
 
Q:最後に、同じ専門分野を専攻している大学院生や研究生へ、励ましのメッセージをお願いいたします。
 
樽井:私自身、アメリカ留学そして、アメリカでの就職は、自分にとって経済学者として修練をする上で、非常に恵まれた機会であったと思っています。留学したとはいえ、いわゆる経済学のトップスクールに行ったわけでもなく、こうして何とかよい環境で研究を続けていられるのは、大学・大学院を通じて、慶應の細田衛士先生やミネソタのスティーブ・ポラスキー先生のように、よき指導教授や同僚たちに恵まれたからだと思います。よいアドバイスかどうかはわかりませんが、出会いを大切に、自分にとってよい環境で修練を積むことができる機会を逃すことなく、ひとつひとつ積み重ねていければよいかと思います。
 
 
樽井先生におかれましては、来日中ご多忙の中、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました。ひとつひとつ丁寧に、目標に向かって努力を積まれてきたお姿が、とても朗らかに語られる多岐にわたったエピソードのひとつひとつと重なり、大変印象的で感銘を受けました。先生の今後ますますのご活躍を、心より祈念申し上げます。
 
インタビューアー:CEI 伊藤明子、鈴木麗子、和山のぞみ (2014.3.18収録)